労働移動を円滑にするための退職金制度の見直し
目次
Q. 退職金について、勤続年数が一定年数以下であれば支給しないというような、取り扱いは今後禁止になるという話を聞きましたが、それは本当でしょうか?
A. お問い合わせ内容の回答までには少し経緯の説明が必要になりますので、順を追って説明していきます。
「三位一体の労働市場改革」について
政府は2023年(令和5年)の5月16日に「三位一体の労働市場改革の指針」というものを公表しているのですが、これは、同じ職務であるにもかかわらず、日本企業と外国企業の間に存在する賃金格差を縮小すること、また、性別や年齢などによる賃金格差の解消するためにはどのような取り組みを行うべきかをまとめたものです。
その取り組み…
- リ・スキリング(※)による能力向上支援
- 個々の企業の実態に応じた職務給の導入
- 成長分野への労働移動の円滑化
※働き方の変化によって今後新たに発生する業務で役立つスキルや知識の習得を目的に勉強してもらうような取り組みのことを言います。
さらに詳しく…
退職所得課税制度等の見直し
「成長分野への労働移動の円滑化」
退職所得課税制度等の見直し
退職所得課税制度の見直しについては、「成長分野への労働移動の円滑化」のところで次のように明記されています。
・退職所得課税については、勤続 20 年を境に、勤続1年あたりの控除額が40万円から70円に増額されるところ、これが自らの選択による労働移動の円滑化を阻害しているとの指摘がある。制度変更に伴う影響に留意しつつ、本税制の見直しを行う。 ・個人が掛金を拠出・運用し、転職時に年金資産を持ち運びできる iDeCo(個人型確定拠出年金)について、拠出限度額の引上げ及び受給開始年齢の上限の引上げについて、2024年の公的年金の財政検証に併せて結論を得る。 |
自己都合退職に対する障壁の除去
・民間企業の例でも、一部の企業の自己都合退職の場合の退職金の減額、勤続年数・年齢が一定基準以下であれば退職金を不支給、といった労働慣行の見直しが必要になりうる。 ・その背景の一つに、厚生労働省が定める「モデル就業規則」において、退職金の勤続年数による制限、自己都合退職者に対する会社都合退職者と異なる取り扱いが例示されていることが影響しているとの指摘があることから、このモデル就業規則を改正する。 |
「経済財政運営と改革の基本方針2023」では
さらに政府は、2023年(令和5年)の6月16日に「経済財政運営と改革の基本方針2023」(いわゆる「骨太の方針」)というものを閣議決定していますが、その中でも退職所得課税制度の見直しについて、「自己都合退職の場合の退職金の減額といった労働慣行の見直しに向けた「モデル就業規則」の改正や退職所得課税制度の見直しを行う。」と明記されています。
「モデル就業規則」について
そもそもなぜ、政府が「成長分野への労働移動の円滑化」を進めようとしているのかと言えば、労働者が自身に不利益なく、生産性の高い企業、また、より自身に適した企業に転職することができれば日本経済全体の労働生産性を引き上げることができると考えているからです。そして、その弊害となっているものの1つとして、同じ会社での勤続年数が20年を超えると退職所得控除額の面で優遇される仕組みを挙げています。つまり、転職すると勤続年数がリセットされるため、この仕組みが労働者の転職を躊躇させる要因になっていると分析しているわけです。
退職所得課税制度の見直しについては、2024年度の税制改正では見送られましたが、厚生労働省が公表しているモデル就業規則については、2023年(令和5年)の7月に退職金の支給に関する部分を次のように改訂しています。(一部省略)
改訂前 | 勤続〇年以上の労働者が退職し又は解雇されたときは、この章に定めるところにより退職金を支給する。 ただし、自己都合による退職者で、勤続〇年未満の者には退職金を支給しない。 また、懲戒解雇された者には、退職金の全部又は一部を支給しないことがある。 |
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改訂後 (現行) |
労働者が退職し又は解雇されたときは、この章に定めるところにより退職金を支給する。 ただし、懲戒解雇された者には、退職金の全部又は一部を支給しないことがある。 |
専門家からのひとこと
現段階ではまだ退職所得課税制度についての税制改正が行われたわけではありませんし、モデル就業規則が改訂されたからといって、そもそも退職金の支給方法を決定するのはあくまで各企業です。
退職金制度の見直しについて
各企業において早々に政府の指針に従って退職金制度を見直す必要はありませんが、政府は退職所得課税制度の税制改正については2025年以降に年金制度と一体で見直す予定としているので、数年先には例えば勤続年数にかかわらず退職所得控除の額を一定の額にすることなどが予想されます。 いまはこのような話が出てきているということだけ知っておけばよいでしょう。