病気の治療と仕事の両立支援について

2024年6月21日

両立支援

仕事との両立支援と言えば、育児や介護との両立支援を思い浮かべる方が多いかもしれませんが、今回は「病気の治療と仕事の両立支援」について解説します。

病気の治療と仕事の両立支援が求められている背景

現在の日本において、「病気の治療と仕事の両立支援」(以下、単に「両立支援」としているところもあります。)が求められている理由としては次のような背景が挙げられます。

少子高齢化

ご存知のとおり、現在の日本では少子高齢化が進んでいます。内閣府の資料(令和4年版高齢社会白書)によると、日本の生産年齢(15~64歳)人口は1995年に総人口の約69.4%にあたる8,716万人であったのをピークに減少し続けており、2050年には5,275万人にまで減少すると予想されています。(この数は2050年の推計人口の約51.8%になります。)

このことは、当然ながら企業において、いま以上に人手不足になっていくことを意味しますが、政府としては少子化対策を講じつつも、高齢者や障害をお持ちの方、また、何かしらの病気で治療中の方にも無理のない範囲で働いてもらえるよう職場環境を整備していく必要があると考えています。

医療技術の進歩

例えば、「がん」のようにかつては「不治の病」とされていた病気も、昨今の医療技術の進歩によって生存率が上がっており、早期の発見であれば、入院せず通院で治療できるケースも増えています。

このため、従業員数の多い大企業では、既に両立支援を制度化しているところが多いですが、中小企業では制度化していない、あるいは、そのような従業員が出てきた場合に個別で対応しているところが多いように感じます。

働き方改革の一環

2018年6月に「働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律」(略称:「働き方改革関連法」)が成立したことで、労働基準法やその他多くの法律が改正されました。

このことにより、「時間外労働の上限規制」や「同一労働同一賃金」などがルール化されたことは記憶に新しいと思いますが、働き方改革ではそのほかにもたくさんの目標を掲げており、そのうちの1つが「病気の治療と仕事の両立」です。

政府は、この「病気の治療と仕事の両立」を推進していくため、上記の法改正と同時期に「雇用対策法」を「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律」(略称:「労働施策総合推進法」)という長い名称に変更し、第4条(国の施策)に「疾病、負傷その他の理由により治療を受ける者の職業の安定を図るため、雇用の継続、離職を余儀なくされる労働者の円滑な再就職の促進その他の治療の状況に応じた就業を促進するために必要な施策を充実すること。」という一文を追加しています。

現時点で企業側に何かしらの義務が課されているわけではありませんが、政府としては必要な施策を講じていかなければなりませんので、企業、医療機関などに両立支援の必要性を発信しているということです。


厚生労働省のガイドラインについて

上記で説明した背景を踏まえ、厚生労働省では、企業において「病気の治療と仕事の両立」を実現させるためには、どのような取り組みが必要であるのかなどをまとめたガイドラインを公表しています。

このガイドラインは、最近公表されたわけではなく、2016年の2月に「事業場における治療と職業生活の両立支援のためのガイドライン」として初めて公表され、その後、改訂を重ね、いま現在の最新版は「事業場における治療と仕事の両立支援のためのガイドライン(令和6年3月版)」になります。

このガイドラインのおおまかな内容、そして、ガイドラインが対象している者、疾病は次のとおりです。

内容

このガイドラインは、関係者(下記「対象者」を参照)の役割や企業が両立支援を行うためにはどのような準備をすればよいのか、また、実際にどのように進めていけば良いのか、そのほか留意事項などがまとめられています。

対象者

このガイドラインが対象としている者は、「主に事業者(※)、人事労務担当者及び産業医や保健師、看護師等の産業保健スタッフを対象としているが、労働者本人や、家族、医療機関の関係者などの支援に関わる方にも活用可能なものである。」とされています。

※事業者とは、個人事業者でなければ、法人である企業のことを指します。

対象疾病

このガイドラインが対象としている疾病は、「がん、脳卒中、心疾患、糖尿病、肝炎、その他難病など、反復・継続して治療が必要となる疾病であり、短期で治癒する疾病は対象としていない。」とされています。

つまり、インフルエンザなど比較的すぐに治癒する病気は対象としておらず、治癒するまでに長い期間を要する三大疾病などの難病を対象にしているということです。

なお、このガイドラインとは別の話になりますが、厚生労働省は不妊治療についても仕事と両立させる必要があるとの方針を打ち出している(「両立支援等助成金」の対象となる可能性あり)ため、企業には上記のような三大疾病などの治療と仕事の両立支援とともに対応していくことが求められています。


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両立支援を行うための環境整備(実施前の準備事項)

ガイドラインでは、企業が両立支援を行うための環境整備、つまり、両立支援を実施する前に準備しておくことが望ましい取り組みとして次の事項が記載されています。(ガイドラインではかなり詳細に記載されていますがここでは要約して記載しています。)

従業員への基本方針の表明・周知

企業として、両立支援に取り組むに当たっての基本方針や具体的な対応方法などのルールを作成し、すべての従業員に周知すること。

※この周知は、従業員の両立支援に対する意識を高めるためにも、企業のトップである社長自らが全従業員に説明したり、社長名義の文書をメールなどで全従業員に送信するような形にした方がよいでしょう。

②研修などによる両立支援に関する意識啓発

両立支援を円滑に実施するため、すべての一般従業員、管理職に対して両立支援に関する研修などを行って意識啓発を行うこと。

※この意識啓発が不十分であると、例えば、ある従業員と同じ部署の従業員が両立支援を申し出た場合、「自分の業務負担が増える」などと批判的な声を上げる者が出てくるでしょう。

相談窓口・個人情報の取り扱いの明確化

両立支援は、基本的には従業員の申し出からスタートすることから、従業員が安心して相談、申し出を行えるよう、その窓口がどこになるのか、また、実際に従業員から両立支援の申し出があった場合にその病状などの情報は担当窓口以外には流失させないというようなことも明確にしておくこと。

※なぜ、両立支援は従業員からの申し出からスタートするのかというと、例えば、健康診断は企業側に実施義務がありますが(労働安全衛生法に規定あり)、両立支援は実施義務もありませんし、そもそも両立支援を望むのかどうかは従業員が決めることであり、企業側から強制的に支援することはできないからです。

④両立支援に関する休暇制度・勤務制度の整備

両立支援を求める従業員の症状に応じて仕事をしてもらえるよう、休暇制度として「時間単位の年次有給休暇」、「傷病休暇」、「病気休暇」、勤務制度として、「時差出勤」、「短時間勤務」、「在宅勤務(テレワーク)」などの制度を導入することが望ましい。

また、従業員から両立支援の申し出があった場合の対応手順や関係者の役割を整理をしておくことが望ましい。

※「時間単位の年次有給休暇」を導入するためには、労働基準法において労使協定の締結が必要とされています。これ以外の上記で挙げられている休暇制度、勤務制度は企業が自主的に導入する制度です。


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両立支援の進め方

ガイドラインでは、両立支援をどのような流れで進めていくことが望ましいのかについて次のような手順が記載されています。(ここでも上記の「両立支援を行うための環境整備(実施前の準備事項)」と同様に要約して記載しています。)

※ガイドラインでは、入院したあと復帰する場合の両立支援の流れについても記載されていますが、ここでは入院を要さないケースの進め方のみ取り上げています。

両立支援を求める従業員からの情報提供

従業員が病院に行き、自らが三大疾病などに罹患していることがわかり、主治医などの助言により企業側に治療と仕事の両立支援が必要と判断した場合は、両立支援に関する企業内ルールに基づいて支援に必要な情報を収集して企業側に提出する。

この際、該当従業員は企業が定める様式などを活用して、自らの仕事に関する情報を主治医に提供したうえで、同じく企業が定める様式などを活用して、主治医から「症状、治療の状況」や「退院後または通院治療中の就業継続の可否に関する意見」などの情報の提供を受けて企業側に提出することが望ましい。

治療の状況などに関する主治医からの情報収集

該当従業員を経由して主治医から提供された情報が両立支援の観点から十分でない場合、企業と連携している産業医や従業員の健康管理を行う医師、保健師、看護師などの産業保健スタッフがいるのであれば、該当従業員本人の同意を得たうえで、産業医や医師、産業保健スタッフが主治医からさらに必要な情報を収集することもできる。

産業医などがいない場合には、同じく該当従業員本人の同意を得たうえで、人事労務担当者などが主治医からさらに必要な情報を収集することもできる。

就業継続の可否などに関する産業医などの意見聴取

企業側は、収集した情報に基づいて就業上の措置などを検討するに当たって、該当従業員の主治医から提供された情報を産業医などに提供し、就業継続の可否や就業可能な場合の就業上の措置および治療に対する配慮に関する意見を聴取する。

産業医などがいない場合には、主治医から提供を受けた情報のみで企業側で就業継続の可否などを検討する。

就業上の措置および治療に対する配慮の検討

企業側は、主治医や産業医などの意見を勘案し、具体的な就業上の措置や治療に対する配慮の内容および実施時期などについて検討を行う。

この際、就業継続に関する希望の有無や、就業上の措置および治療に対する配慮に関する要望について、該当従業員本人から聴取し、十分な話合いを通じて本人の了解が得られるよう努める。

なお、上記の検討に当たっては三大疾病などに罹患していることをもって安易に就業を禁止するのではなく、主治医や産業医などの意見を勘案してできるだけ配置転換、作業時間の短縮その他の必要な措置を講ずることによって就業の機会を失わせないように留意する。

両立支援プランの作成

企業側が該当従業員の就業継続が可能と判断した場合には、具体的な措置や配慮の内容、スケジュールなどについてまとめた計画、「両立支援プラン」を策定する。

なお、この「両立支援プラン」には次の3事項を盛り込んでおくことが望ましい。

  1. 治療・投薬などの状況および今後の治療・通院の予定
  2. 就業上の措置(業務内容の変更など)および治療への配慮の具体的な内容(定期的な休暇の取得など)、実施時期、期間
  3. フォローアップの方法(産業医や人事労務担当者などとの面談など)およびそのスケジュール

⑥両立支援の実施および必要に応じた両立支援プランの見直し

上記の両立支援プランに基づいて必要な就業上の措置および治療への配慮を実施する。 ただし、治療の経過によっては必要な措置や配慮の内容、実施時期、期間が変わることがあるため、適宜、該当従業員に状況を確認し、必要に応じて両立支援プランを見直すことも必要である。


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企業が両立支援に取り組むメリット

最後に、企業が両立支援に取り組むメリットについて企業側と従業員側にわけて説明します。

なお、下記で挙げているメリットについてはあくまでその可能性があるというものであり、当然ながらそうはならないこともあります。

企業側のメリット

企業側のメリットととしては、次のようなことが挙げられます。

  • 病気の治療が必要になった従業員に就業時間を短くしてでも引き続き働いてもらうことでその従業員のノウハウを活用できる。
  • 従業員の仕事に対するモチベーションが向上する。(それが生産性の向上につながる。)
  • 離職率の低下につながる。(両立支援制度がなければ、相談なく退職することもある。)
  • 両立支援に取り組んでいることを対外的にアピールすることで新たな人材の確保につながる。

従業員側のメリット

従業員側のメリットととしては、次のようなことが挙げられます。

  • 継続的に病気の治療が必要になったとしても退職しなくてもよいと認識でき、安心して働くことができる。
  • 治療を行いながらも仕事を継続できることで引き続き安定的な収入を得られる。(ただし、短時間勤務などになれば減額される可能性あり)
  • 病気を理由に退職すると、その後は社会とのかかわりがなくなりメンタル的にも悪影響を及ぼすことがあるが、引き続き働くことで社会とのつながりを感じることができ精神的に安定する。

まとめ

病気の治療と仕事の両立支援については、大企業だけでなく中小企業でも既に対応しているところもありますが、中小企業ではまだ導入していない(あるいは制度はないが個別に対応している)ところも多いかと思います。

ただし、企業の規模を問わずいま在籍している従業員の高齢化も進みます。この先、70歳まで働いてもらう(現在は努力義務)ことを考えれば、三大疾病などに罹患するリスクも高まっていくでしょう。いずれにしても現在、両立支援に取り組んでいなくても希望する従業員が出てきたら、そのタイミングで取り組んでいかなければならなくなるでしょうから、できるだけ早めに導入しておくべきと言えるでしょう。


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