「少しの対話」と「泥臭い努力」だけが職場を救う
小さな一歩が、野蛮化する職場を食い止める
ドイツの哲学者、ユルゲン・ハーバーマス。
20世紀を代表するその思想家が、晩年に遺した言葉です。
「世界をほんの少しでも良くするための努力、あるいは逆コースの動きを止めるのに役立つこと、見下してはならない」
終わりの見えない紛争、エネルギー危機、生活を締め付ける物価高。
あまりにも巨大な問題を前にしたとき、人はこう思いがちです。
「私一人が何かをしたところで、どうせ変わらない」
そして時に、泥臭く社会を良くしようと行動している人を、冷めた目で見下してしまう。
これこそが、このブログでお伝えしてきた「自己欺瞞」の最も深い罠です。
「どうせ無駄だ」の先に待つもの…
「行動しない自分」を守るために、努力する他者を嘲笑う。
対話を放棄し、行動を諦めたその空白にこそ 野蛮が忍び込んでくるのです。
これは、社会という大きな話だけではありません。
長年社労士を続けてきて、痛感するのは、
完璧なルールやシステム以上に、
相手を理解しようとする「ほんの少しの対話」や「泥臭い手入れ」を諦めた組織から、
確実に生態系が崩れ、野蛮化(ブラック化)していくという残酷な事実です。
「どうせ言っても変わらない」
「うちの会社には無理だ」
「自分には関係ない」
その言葉が積み重なった先に待つのは、誰も声を上げない職場、人が静かに去っていく組織です。
「なんかおかしい」という違和感に蓋をしないこと
「今できること」へ意識をフォーカスすること
そして最後に、「少しの対話」と「泥臭い努力」を諦めないこと
泥臭く、地味で、すぐには結果が出なくても、目の前の誰かと向き合い続けること。
それこそが、職場という小さな社会を守る、唯一の道だと信じています。
オランダの思想家ロマン・クルツナリックは、
未来の世代に責任を持つ人間を
「よき祖先(グッドアンセスター)」と呼びました。
世界を覆う巨大な危機に比べれば、私が今、自分の足元でやろうとしている
「人と人を繋ぐこと」は、取るに足らない小さな努力かもしれません。
でも、その小さな努力を見下さず、当事者として続けること。
それだけが、未来の命へ責任を持つ、よき祖先としての道だと私は確信しています。
「なんかおかしい」と感じたその違和感を、今日、誰かと話してみてください。 完璧なルールも、大きな改革も、最初は必ず小さな一歩から始まります。 あなたの職場の「ほんの少し」を、一緒に育てていきませんか。
就業規則の整備、職場環境の改善、ハラスメント防止、助成金の活用——。 どんな小さなことでも構いません。 まずはお気軽にご相談ください。
