就業規則の基礎知識

2023年9月1日

就業規則のひな形を利用することの落とし穴

就業規則を新たに作成する場合、まず、インターネット上からひな形をダウンロードしてそれをベースにすることもあるかと思います。
ただし、このひな形を利用するに当たっては次の点に注意する必要があります。

最新の法令に対応していない可能性がある

労働基準法ほかの労働関係法は、毎年と言っていいほど改正されているため、いつ作成されたのかわからないひな形は最新の法令に対応していない可能性があります。
このため、すべての項目に目を通して、最新の法令に対応しているかどうかを確認する必要があります。

基本的にそのまま使えない

ひな形は汎用性を高めるために一般的な事項がすべて網羅されている傾向にあります。
ただし、休職制度や退職金制度については法律上の制度ではありませんし、そもそも服務規律や労働条件については自社の状況に応じて定めるべき事項です。
このため、作成にあたってのベースにはできるものの、あくまでベースにしかならないものであることを理解しておかなければなりません。

上記のような確認、修正作業が発生することを考えると、労働関係法に精通している従業員がいればよいですが、いない場合には最初から専門家である社会保険労務士に依頼した方が早いと言えます。

民法改正で残業代の不払い請求は5年に

2020年4月1日から施行されている改正民法では、これまで、債権の種類(個人間の賃金債権や商行為によって生じた債権など)ごとに定められていた消滅時効期間(1年~10年)が、債権の種類を問わず、「知った時から5年」、「権利を行使することができる時から10年」に統一されました。

この民法の改正を受けて、同じく2020年4月1日から労働基準法第115条の時効の規定が見直され、残業代を含む賃金の消滅時効期間が2年から5年(当面の間は3年)に延長されました。(退職金の消滅時効期間はこれまでどおり5年)

※この新たな消滅時効期間が適用されるのは、2020年4月1日以降に支払日が到来する賃金請求権であり、2020年3月31日以前に支払うべきであった賃金請求権の消滅時効期間は従来どおり2年です。
※あわせて、労働基準法第109条の記録の保存の規定も見直されており、労働者名簿や賃金台帳などの書類の保存期間についても3年間から5年間(当面の間は3年間)に延長されています。ただし、こちらは当面3年であるため整理は変わりません。

このことにより、就業規則で考えていくべきは、残業代の未払いが発生しないように労働時間の管理を徹底させていくことや、そもそも残業を申請・許可制にするなどによって減らしていく取り組みなどであると言えます。

働き方改革と就業規則

働き方改革関連法が2018年6月に成立したことで、労働基準法ほかの労働関係法が改正され、2019年4月から順次施行されています。
労働関係法の改正は就業規則の見直しに直結しますので、働き方改革としてのどのような事項が導入されたのかについてご紹介します。

労働時間の把握義務化

労働時間の把握義務については、労働基準法には明確に規定されておらず、これまで、厚生労働省の「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」というものに示されていました。
ただし、このガイドラインでは、労働時間を把握しなければならない対象として、管理・監督者や、みなし労働時間制が適用される労働者などは除外されているなど、その不完全さが指摘されていました。
そこで、面接指導などとからめて労働安全衛生法が改正(第66条の8の3)され、大企業、中小企業とも2019年4月1日から「高度プロフェッショナル制度」の適用者を除くその他すべての労働者の労働時間を把握しなければならないことになっています。

※「高度プロフェッショナル制度」の適用者についても別枠で労働時間を管理することが求められているため、労働時間の把握が不要なわけではありません、

企業の対応としては、仮に労働時間の管理が徹底できていないのであれば、その方法を見直さなければなりませんし、場合によっては就業規則の変更も必要になります。

年5日の年次有給休暇の取得義務化

労働基準法が改正(第39条第7項・第8項)され、大企業、中小企業とも2019年4月1日から、10日以上の年次有給休暇がある従業員について、年5日については時季を指定(労働者の意見を尊重する必要あり)して取得させなければならないことになっています。

※ただし、労働者が自ら申し出て取得した日数や、労使協定で取得時季を定めて与えた日数(いわゆる「計画的付与制度」により取得させた日数)については、この5日から除外することができます。

企業の対応としては、全従業員が5日以上の年次有給休暇を毎年取得している状況でない限り、何かしらのチェック体制を構築することが求められますし、その管理方法について就業規則の見直しも必要になる場合があります。

残業の上限規制(罰則付き)の導入

これまで、残業時間(時間外労働)の上限については、労働基準法ではなく、「時間外労働の限度に関する基準」(厚生労働省の告示)というもので、原則として月45時間・年360時間とされていました。しかしながら、「臨時的な特別の事情」があれば、36協定(時間外労働・休日労働に関する協定届)に「特別条項」というものを付記して届け出ることで、月45時間・年360時間の上限を超えることができ、一定の要件はあったものの、その超えられる時間の上限は定められていませんでした。

そこで、労働基準法が改正(第36条第2 項~第11項)され、一部の事業や業務を除いて、大企業については2019年4月1日から、中小企業については、2020年4月1日から次のような残業の上限規制が適用されています。

※建設事業や自動車運転の業務などは、2024年4月1日から適用(規制内容も異なる。)されることになっており、新技術・新商品等の研究開発業務については適用が除外されています。

時間外労働の上限(月45時間・年360時間)を労働基準法上のものとし、「臨時的な特別の事情」がなければ、これを超えることができない 

※時間外労働の上限を労働基準法上のものとすることで、罰則(6か月以下の懲役または30万円以下の罰金)の適用も可としています。

特別条項がある場合でも以下を守らなければならない

  1. 時間外労働が年720時間以内
  2. 時間外労働と休日労働の合計が月100時間未満
  3. 時間外労働と休日労働の合計について、「2か月平均」、「3か月平均」、「4か月平均」、「5か月平均」、「6か月平均」の全てが1月当たり80時間以内
  4. 時間外労働が月45時間を超えることができるのは、年6か月が限度

企業の対応としては、労働時間の把握義務化の対応とあわせて、これまで以上に労働時間管理を徹底していかなければなりませんし、残業を申請・承認制にするなどの検討も必要になります。そうなれば、就業規則の見直も必要です。

同一労働同一賃金

同一労働同一賃金には複数の法改正がかかわっていますが、特に、「パートタイム労働法」(短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律)から名称を変更した「パートタイム・有期雇用労働法」(短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律)と、「労働者派遣法」(労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律)の2法が深くかかわっています。つまり、短時間労働者と有期雇用労働者、派遣労働者について、正社員との同一労働同一賃金を考えていく必要があるということです。

同一労働同一賃金は、大企業については2020年4月1日から全面的に適用されていますが、中小企業については、派遣労働者に関する部分のみ2020年4月1日から適用され、パートタイム労働者および有期雇用労働者に関する部分については、2021年4月1日から適用されることになっています。

具体的な改正内容は次のとおりです。

不合理な待遇差の禁止

同一企業内における、正規雇用労働者と非正規雇用労働者(パートタイム労働者・有期雇用労働者・派遣労働者)の間で、基本給や賞与などあらゆる待遇について不合理な待遇差を設けることが禁止されています。
不合理でなければ、待遇差を設けることも可能ですが、その合理性を説明できなくてはなりません。(例えば、契約社員は転勤なしとしているため、住宅手当は支給していないなど)

労働者に対する待遇に関する説明義務の強化

非正規雇用労働者は、正規雇用労働者との待遇差の内容や理由などについて、事業主に対して説明を求めることができるようになっています。

企業の対応としては、雇用形態ごとの職務内容や待遇が明確でないのであれば、就業規則でも明確にしなければなりませんし、不合理な待遇差がある場合には直ちに是正しなければなりません。

産業医の権限強化

産業医とは、労働安全衛生法第13条に規定されている、常時50人以上の労働者を使用する事業場で選任しなければならない、労働者の健康管理などを行う医師のことを言います。
近年、長時間労働やメンタルヘルス不調などにより、健康リスクが高い状況にある労働者が増加していることから、労働安全衛生法や政令、省令が改正され、この産業医の活動環境の再整備や権限の強化が行われています。
この改正法令は、大企業、中業企業とも2019年4月1日から施行されており、産業医の権限については次のように強化されています。

  1. 事業者または総括安全衛生管理者に対して意見を述べることができる
  2. 労働者の健康管理等を実施するために必要な情報を労働者から収集できる
  3. 労働者の健康を確保するために緊急の必要がある場合には、労働者に対して必要な措置を指示できる(労働者が有害物質を取り扱う際に保護具の着用を指示するなど)

そもそも、常時使用する労働者が50人未満の事業場であれば、産業医を選任する義務はありませんが、常時使用する労働者が50人以上の事業場であれば、上記の産業医の権限などについて就業規則に盛り込んでおくべきと言えます。

労働者代表者選出の厳格化

働き方改革として、上記のような残業の上限規制や同一労働同一賃金が施行される中、あわせて、労働者代表の選出についての厳格化が図られています。
労働者代表とは、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合に、36協定などの労使協定を締結する当事者であり、就業規則を作成・変更するときに意見を聴かなければならない者のことを言いますが、この労働者代表の選出についてはこれまで次の要件がありました。

労働基準法第41条第2号に規定されている「管理監督者」でないこと

管理監督者とは、経営者と一体的な立場にあり、自己の勤務時間について裁量性が認められていて、その立場に相応しい優遇を受けている者とされています。管理監督者に該当するかどうかは、「部長」や「店長」などの役職名だけで判断できないことは過去の判例でも示されています。(日本マクドナルド割増賃金請求事件・東京地方裁判所平成20年1月28日判決)

労使協定の締結などを行う者の選出であることを明らかにして実施される投票、挙手などの方法で選出された者であること

労働者代表の選出にあたっては、労使協定の締結などを行う者の選出であることを明らかにしたうえで、パートやアルバイトなどを含むすべての労働者が選出手続きに参加できるようにし、投票や挙手、労働者の話し合い、持ち回り決議などによって選出します。過半数の支持があったことを証明する投票数などの記録も残しておく必要があります。

この2つの要件については、労働基準法施行規則第6条の2に規定されていますが、2019年4月1日から新たに次の要件が追加されています。

使用者の意向によって選出された者でないこと

この要件が追加された背景には、会社側が指名した者を労働者代表としたり、一定の役職(係長など)に就いている者を自動的に労働者代表にするなどの事例が多いためです。
例えば、会社の親睦会の代表者を労働者代表として締結した36協定について、本来の労働者の代表ではない36協定は無効とした判例もあります。(トーコロ事件・最高裁平成13年6月22日第二小法廷判決))
労働者代表が適切な方法で選出されていなければ、締結した労使協定や就業規則もその有効性が問われることになりますので注意が必要です。

労働者代表の選出については、従業員も通常業務があるため、会社側としても頼みやすい従業員にお願いしたうえで、過半数の従業員に賛同させるなど方法を取りがちですが、いまいちど制度の趣旨を労使双方が理解してより厳格にしていくことが求められます。